Curated Audiences / SDA(Seller Defined Audiences)とは?媒体社が主導する新しいターゲティングの仕組みと可能性
はじめに

近年、サードパーティCookieの活用が難しくなり、広告配信におけるユーザーターゲティングの再考が求められています。特に、Google ChromeによるサードパーティCookieの完全廃止方針(2025年3月現在は撤回)が業界全体に大きな影響を与えました。2024年以降、そのスケジュールは見直され、明確な廃止時期は示されていません。
ただし、プライバシーへの関心が薄れたわけではありません。SafariではすでにサードパーティCookieがブロックされており、iOSではIDFAの取得がオプトイン制となるなど、トラッキングへの制約は強まっています。このような状況下で、広告業界ではファーストパーティデータや、媒体社自らが定義するオーディエンスターゲティングへの関心が高まっています。
その仕組みの一つで注目されているのが「SDA(Seller Defined Audiences)」です。Curated Audiencesとも呼ばれ、媒体社が保有するファーストパーティデータや文脈情報を活用し、透明性と信頼性の高い広告配信を可能にします。
Curated Audiences / SDA(Seller Defined Audiences)とは
媒体社によるオーディエンス定義

SDA(Seller Defined Audiences)とは、媒体社(メディア)が自ら定義したオーディエンスセグメントを広告取引に活用できる仕組みです。従来のようにDMPやDSPが提供する汎用的なセグメントではなく、媒体独自のデータや文脈情報に基づき、より精度の高いターゲティングが可能になります。
これは、Cookieの制限が進む中で、媒体社のデータの価値を再評価する動きとも言えます。
Curated Audiencesという新たな整理
2024年12月、IAB Tech LabはSDAを含む新たな概念「Curated Audiences(キュレーテッド・オーディエンス)」を発表しました。これは、媒体やSSPが主導して定義・販売するオーディエンスを包括的に整理した枠組みです。SDAの技術仕様も含まれており、今後は両方の用語が併用されると見られます。
Curated Audiences / SDAの構造と技術的仕様
SDAは、IAB Tech Labによって標準化された仕様に基づいています。媒体が定義したオーディエンス情報は、OpenRTBの入札リクエストに含まれる形でDSPに伝達されます。
また、セグメントを明示的に広告取引に反映させたい場合には、SSPと連携してPMP(Private MarketPlace)を構築する方法も有効です。Deal IDを通じてセグメント情報を取引条件に含めることで、SDAの活用をより確実なものとすることが可能になります。
実装環境と導入方法
SDAは以下の環境で導入可能です。
- Prebid.js:SDAセグメント情報をBidderへのリクエストに含める機能があります。そのため、Prebid環境下にある媒体であれば、比較的容易にSDA導入を始められます。
※公式ページはこちら - Google Ad Manager(GAM):パブリッシャー提供のシグナル(PPS)機能がベータ版(2025年3月現在)でGAM360の機能として提供されています。
※公式ページはこちら
配信リクエストに含める情報(OpenRTB構造)
広告リクエストには、OpenRTB仕様に基づき、以下のような構造でセグメント情報を含めます。
- name:媒体名やセグメント提供元(例:example.com)
- segtax:使用する分類体系(例:IAB Audience Taxonomy 1.1 → コード「4」)
- segment.id:定義したセグメントのID
これらは、user.data、site.content.data、app.content.data のいずれかに格納されます。
利用できるタクソノミー(分類体系)
オーディエンスの分類には、IABが定める2種の標準タクソノミー、またはカスタムタクソノミーが利用されます。
IAB Tech Labが提供する標準タクソノミー
- Audience Taxonomy:ユーザーの興味関心や属性に基づいた分類。
※IAB公式 Audience Taxonomyリスト
例:- segtax:3 → IAB – Audience Taxonomy version 1.1
- segment.id:4 → Demographic | Age Range | 21-24 |(年齢層: 21~24歳)
- segment.id:408 → Interest | Healthy Living | Fitness and Exercise |(興味関心:健康志向、フィットネス・運動)
- segment.id:806 → Purchase Intent | Automotive Ownership | New Vehicles (興味関心:新車の購入)
- segtax:3 → IAB – Audience Taxonomy version 1.1
- Content Taxonomy:閲覧されているページやコンテンツの内容に基づいた分類。
※IAB公式 Content Taxonomyリスト
例:- segtax:7 → IAB – Content Taxonomy version 3.0
- segment.id:231 → Weight Loss(ダイエット)
- segment.id:217 → Desserts and Baking(デザート&ベーキング)
- segment.id:391 → Personal Finance(個人金融)
- segtax:7 → IAB – Content Taxonomy version 3.0
IABが定義するリストに当てはまらない場合は、SSPやデータベンダーのカスタムタクソノミーに従って送ることも可能です。
詳細はこちら:openrtb/extensions/community_extensions/segtax.md at main
パブリッシャーは、自身のファーストパーティデータや記事カテゴリに合わせて、これらのタクソノミーに基づいてセグメントを定義し、入札リクエストに含めて送信する形になります。
PMPでの活用
SDAセグメントを確実に活用したい場合は、PMPを構築し、Deal IDにセグメント条件を含めることで、DSPが非対応でも狙ったターゲティングが可能です。
このように、SDAは技術的にも標準化されており、プライバシーに配慮しながらファーストパーティデータを活用した広告配信を実現する仕組みです。
Curated Audiences / SDA利用の具体例
1. 閲覧傾向に基づく分類
- 媒体が把握できる記事閲覧傾向を活用したセグメント設計
たとえば、ニュースメディアであれば、経済ニュースや国際情勢に関する記事を頻繁に読むユーザーを「ビジネス関心層」や「グローバル志向層」としてセグメント化し、金融・外資系企業の広告配信を狙う。
→ IAB Audience Taxonomy: IAB17(ニュース&政治)、IAB17-12(経済ニュース) - 媒体特性に基づくコンテンツカテゴリ別行動データの活用
スイーツやヘルシーレシピを中心に閲覧しているユーザーを「健康志向層」「家庭向け層」などに分類し、食料品メーカーの広告主に結びつける。
→ IAB Content Taxonomy: IAB8-5(料理・レシピ)、IAB7-5(ダイエット&フィットネス)
2. 行動履歴との統合
- ログイン・購買・閲覧履歴の掛け合わせによる分類
サービスの利用頻度やアクティブ度に基づいて、「ロイヤルユーザー」「休眠ユーザー」などのセグメントを作成し、CRMや再認知施策に活用。→ Audienceベースの独自セグメント(カスタム定義)
3. 地域・属性に基づくセグメント
- 地域別の閲覧やIP情報に基づく「エリアセグメント」
地域ニュースや天気情報をよく見るユーザーを都道府県単位で分類し、地場企業の広告・地域イベントの集客などに活用。
→ IAB Content Taxonomy: IAB17-18(ローカルニュース)または独自の地理セグメント。
4. 取引構造とセグメントの連携
- PMPで販売可能な広告商品を作成
特定セグメントを対象にDeal IDを発行し、広告主に限定配信するPMP取引を構築。高精度なターゲティングを前提としたプレミアム在庫として販売。
→ 活用セグメントに応じて、AudienceまたはContentいずれかを指定 - ブランドセーフティとの併用
セグメント化されたユーザー情報に加え、コンテンツの文脈と掛け合わせて、安全な環境で広告が表示されるよう制御。
→ IAB Content: IAB26-1 暴力的コンテンツ などの排除設定
Curated Audiences / SDA活用のメリットとデメリット
メリット
媒体社にとっての主導権の強化と収益向上
自社の強みを活かしてセグメントを設計でき、他社との差別化やプレミアム在庫としての価値向上につながります。
広告主にとっての透明性と信頼性
セグメントの定義元が明確であり、どのようなユーザー層に配信されるのかを把握しやすくなります。これによって、配信先の品質や信頼性が高まり、ブランド価値の維持にも寄与します。
プライバシー対応の柔軟性
ファーストパーティデータを基盤としているため、GDPRやCCPAなどのプライバシー規制にも適合しやすく、将来的な規制強化にも柔軟に対応できる構造となっています。
デメリット
タクソノミーの標準化と運用性の確保
独自タクソノミーだけではDSP側での解釈が困難になる可能性があり、IAB標準タクソノミーとのマッピングが求められます。特に、日本市場においては、現行のグローバルタクソノミーが必ずしも適切とは言えず、どのセグメントに分類すべきか迷うケースも少なくありません。SSPによっては独自のカスタムタクソノミーを提供しており、それに基づいて存在しないセグメントを定義するのが現実的な選択肢となります。
DSP側の対応状況
現時点ではSDAに完全対応しているDSPはまだ限られています。ただし、PMP(プライベートマーケットプレイス)やDeal IDを活用すれば、DSP側の技術的対応を簡素化できるため、運用面での導入ハードルを下げることが可能です。
セグメント粒度とスケーラビリティ
あまりに限定的なセグメントを定義すると、十分な配信ボリュームが確保できず、実運用に支障が出ることがあります。広告主のニーズと媒体のデータ量・利用傾向のバランスを見ながら、適切な粒度のセグメント設計が求められます。
まとめと今後の展望

SDA(Seller Defined Audiences)は、媒体社が持つファーストパーティデータを活用し、Cookieに頼らない精度の高いターゲティングを実現する手法です。プライバシーに配慮しながらも、より精度の高いターゲティングが実現できます。
2024年末には、IAB Tech LabがSDAの考え方を含む「Curated Audiences」という枠組みを発表し、今後はこの概念が業界全体で広がっていくと見られています。SDAという技術仕様はその中核を成す仕組みとして、引き続き重要な役割を果たすでしょう。
また、CDPやIDソリューション、コンテキストターゲティングなど、他の技術との併用も視野に入れることで、柔軟で拡張性のある広告戦略が構築できます。主要なプラットフォームでの対応が進みつつある今、媒体社にとっては自社データを活かした広告戦略を再構築する好機といえます。